30年目のタイトル回収ー『新世紀エヴァンゲリオン』とアメリカの福音派
アメリカの福音派
「福音派ー終末論に引き裂かれるアメリカ社会」という新書本が出版された(加藤喜之著、中公新書2873、以下では『福音派』と呼ぶ)。
「福音派(Evangelicals)」というのは、アメリカ合衆国内のキリスト教系宗教勢力であり、原理主義的な特徴を持ち、現在ではアメリカのキリスト教信者の多数を占めているらしい。その系譜は20世紀前半まで遡ることができ、20世紀後半以降はアメリカ政治にも影響を与え、2020年代にはトランプ政権の重要な支持母体にもなっているという。つまり、混乱を極めている現在のアメリカを説明するとても重要なファクターということですね。
この福音派は伝統的なキリスト教と異なるいくつかの特徴を持っていて、『福音派』によると、福音派は「終末論」「ディスペンセーション主義」を信奉しているという。
ディスペンセーション主義というのは聞きなれないが、著者によると”できる限り聖書の記述を文字通りの意味で読もうとする解釈の方法を指す”(『福音派』p. 8)という。
“来るべき終末は、キリスト教徒とユダヤ教徒の両方に訪れる(…)ディスペンセーション主義によると、聖書に記されている歴史は七つの異なった「体制(“dispensation”)」に分けられ、(…)最後の七番目の「体制」が終わりの始まりであり、その体制が始まるとキリスト教徒は空中に携挙(“Rapture”)され、地上に残された未信者たちは、戦争や飢饉や政変による苦しみの時を過ごすという。(後略)”(『福音派』p. 8)
現今のイスラエル・パレスチナの紛争を「必要なもの」と捉えるアメリカ人には、このような考え方・世界観が下敷きにあるらしい。
なかなかすごい世界観だし、そんな世界観をもとに実際に政治が動いているとすれば途方もないことだと感じる。
『福音派』は、なかなか理解し難いトランプのアメリカの補助線になるいい本ですので、一読をお勧めします。
ところで、新世紀エヴァンゲリオン
いやぁアメリカ人はとんでもないことを信奉しているものだなぁ、世も末だなぁ、と思っていたところ、そういえば「新世紀エヴァンゲリオン」ってEvangelicalsと関係する言葉だな、なんて思い浮かんだ。
「新世紀エヴァンゲリオン」は1995年から1996年にかけてTVで放送され、一世を風靡したSFアニメ作品だ。
キリスト教や心理学に由来する謎めいた単語を多用して難解・哲学的な雰囲気を醸成し(「アダム」「使徒」「リビドー」とか)、当初から現在に至るまで数多くの「考察本」「考察サイト」がその世界観を説明しようとしてきた。タイトルである”エヴァンゲリオンEvangelion”からして、キリスト教由来の「福音」という意味の単語だが、この言葉がタイトルであることには特に深い意味はないものだとずっと思い込んでいた。だが、2025年になって現実の「福音派」の存在と合わせると、ものすごく意味のあるネーミングだった、と気づく。
なにしろ、アメリカの福音派は終末論信奉者なので、「エヴァ」作品内に登場する原理主義っぽい組織(ゼーレ)になんとなく符合する。ゼーレは作中で「人類補完計画」を遂行しようとするのだけど、これは「(エヴァを使って)出来損ないの群体として既に行き詰まった人類を完全な単体としての生命に人工進化させる補完計画」(Wikipediaより)というもので、作中での描写(旧劇場版)も含めると、「携挙」っぽさを感じないでもない。ゼーレが「終末」を目指しているのは間違いないでしょう。作中のイベントも、「死海文書」という怪しげなテキストに「記されているとおり」なのだという。これはディスペンセーション主義的ですね。なるほど、終末論を信奉する人たちの物語だからEvangelionだったのか……
もっというと、このゼーレという組織は、秘密裏に国際政治に強い影響を与えているという設定なので、2010年代後半から20年代にかけて流行している陰謀論に出てきそうな組織でもあるんですよね。
ディスペンセーション主義的で陰謀論的な組織が携挙みたいな人類の終末を目指す話のタイトルが”Evangelion”…というのは、2025年に『福音派』を読んだ後では、あまりにも露骨だとさえ感じる……
庵野監督はかなり考えて言葉を選んでいたのだろうか…。
30年目のタイトル回収
エヴァは、これまで心理描写・内面描写だとか映像表現にスポットライトが当たることが多く、シナリオ自体は(SFとして魅力的なシナリオなのは間違いないが)考察の対象にはなりこそすれ、シナリオが世の中を反映しているというふうにはあまり捉えられてこなかったように思う。
しかし放送開始から30年経った2025年、現実の国際政治がエヴァ的な状況になっているとは、放映当時は誰も予想しなかったでしょう。
エヴァは30年の時を経て遂にタイトルを回収したのかもしれませんね。